読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

High Tech & Low Life

アイダカズキの(主に小説用)ブログです

幕間・死よ、分け隔てなく在れ

小説 未真名市素描 幕間

指先から、息絶える直前の痙攣が伝わってきた。

 

痙攣が完全に止まるまで待ち、慎重に指を動かした。肉の中に深々と埋まっていたとはまるで感じさせない容易さで「針」が耳孔から引き抜かれる。先端に小粒の宝石を思わせる血の滴が一滴膨れ上がっていたが、慎重に柔らかな布でぬぐうと跡形もなく、消えた。

自分で設計し、自分で作り上げた道具だった。ナノファイバーをベースに構成され、金属とガラスの両方の性質を合わせ持つその「針」は、蜘蛛の糸とほぼ変わらない細さとしなやかさを保ちながらも鉄塊を吊り下げられるほどに強く、決して折れず、曲がらず、切れない。細すぎて、直接肌に刺しても痛みすら感じさせないほどだ。人を殺すにはまったく向かない道具だった――他の誰かが使う限りは。

自分が使えば、検死解剖しても心不全としか判断されない。

「目標」の顔に手を添え、仰向かせる。死につつある人間の物とは思えない、血色の良い顔には苦痛も恐怖も浮かんでいなかった。あるのは純粋な驚きのみ――自分が致命傷を受け、たった今死ぬことが信じられないとでも言うような。そして肌から温もりが失せ、目から光が消え、無表情という表情すら失って、肉塊に還る。すべての死者と同様に。

見慣れたものだ。

いかに豪奢な衣服を纏い、いかに四海の美食を貪り、いかに屈強な護衛たちに守られようと、すべての死者は等しい。死は万人に降り注ぐ、光や重力よりも厳然として在る法則であり、またそうでなくてはならない。

祈りは必要ない。死者たちに与える言葉があるとしたら、一つだけだ。――苦痛なき、眠るがごとき死を。

 

【終わったか】

甲高い、かすれた声が響いた。直接の音声ではない。内耳に直接埋め込まれ、体内の塩分を動力に動く骨振動タイプの無線通信機。民間には公開されていない最新装備だ。先進諸国の軍特殊部隊にしか使われていないはずの装備だが、技術自体はブラックマーケットに流出し売買され始めている。いつの世も、最先端技術には科学者と職業犯罪者が真っ先にアクセスを試みる。

「処理はよろしく」返事も声に出す必要はなかった。声は骨の振動を通して伝わり、呟きも電子的に補正される。「あなたも心配性だね。失敗したなら、今ごろ僕は返事などしない」

予想通り、鼻を鳴らすような吐息が返ってきた。【ただの確認作業だ】

「あなたぐらいのものだよ、僕の進捗状況を気にするのは」

【〈親方〉はお前に甘い】返ってきたのは苛立ちというより、シーツの感触が気に入らないかのような鈍い感情の漣だった。【くだらない皮肉を言う前に戻れ。次の『処理』が控えている】

「矢継ぎ早ですね」

【不服か】

「いえ。死を撒く業に終わりはありませんよ」

【お前が良くてもこちらが困るのだ。歳若いお前が思う以上に、殺しの業は精神に負担をかける。無理にでも休息を取ってもらう必要がある。それだけ重大な仕事と認識しておけ】

「重大でない殺しの業などあってはならない、というのがあなたがたの信条だと理解していたつもりですが」

【皮肉を言うなと言っただろう】声がわずかに尖った。【装備や人員にかかる資金は全部依頼主が負担する、確実に遂行さえしてくれれば幾ら使っても構わんとのことだ。準備でき次第発て。場所は、日本だ】

日本。東洋の島国。いくつかの候補を思い浮かべていたが、その地名は予想外だった。「政府高官ですか。実業家、それとも軍関係者?」

【いずれでもない――〈黙示録の竜〉と〈バビロンの大淫婦〉だ】

その呼称は何も感じないと思っていた心の奥底にいくばくかの動揺をもたらした。死を撒く機械となって以来、自分にそのような感慨があったこと自体が驚きだった。

「なるほど……あなたにとっても因縁の相手、ということですか」

死体に背を向け、歩き出した。意識せずとも音一つ生じさせない歩法を会得してから久しい。【お前にとっても、だろう。その名は】

「確かに――でも相手が誰だろうと、僕のやってきたこと、やっていること、やろうとしていることが変わるわけでもない」

天窓から降り注ぐ月光を仰ぐ。少し歪んで見える青みがかった月が、音もなく夜の底を照らしている。

「老若を問わず、男女を問わず、貧富を問わず、貴賤を問わず。死は平等に、万人に降り注ぐものでなければならない」

【神でも物理法則でもなく――只人が人に与える死は、最大限の技量と余人には真似のできぬ砕身によって、その恐怖と苦痛を最小限に抑えなければならない。それは〈ヒュプノス〉の名を持つ者の、責務だ】

かの国からでも、あの月は見えるのだろうか。

「誰であろうと与えなければならない――苦痛なき、眠るがごとき死を」