2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧
シャワーから迸る湯が肌の上を滴り落ちていく。その感触に溜まりに溜まった疲労が流れていくような気分になっていた彼女は、肩のあたりに覚えた鈍痛に思わず顔をしかめた。無理もない――見下ろすと、まるで腐った果実のような赤黒い大痣が生じている。あの男―…
――あなたが相良龍一君ですね。私は高塔百合子です。お母様からあなたのことを頼まれました。 それが彼女の第一声だったが、幼い龍一は不遜にも「この人、嘘が下手だな」という感想を抱いた。本当に彼女が母の知人なら、龍一の父の話に出てこないはずがなかっ…
男はハンドルを握りながら、後部座席でタオルを目に当てて横たわっている少年の様子をバックミラーでうかがった。傷ついた獣のように時々身じろぎするだけでほとんど動かない。結構、そのままでいてくれよ、と内心呟く。暴れ出さないだけでも上出来だ。 「………
天井の亀裂から漏れる月明かりに、うっすらと侵入者のシルエットが浮かび上がっている。かなりの細身。身体に密着したウェットスーツのようなものを着ているらしい。頭部をフルフェイスのヘルメットで覆っており、顔はバイザーで見えない。等身大の昆虫か、…
「おい兄ちゃん、俺にもこいつと同じのを一人前くれや」給仕の青年に愛想よく声をかけてから、男は勝手に目の前へ座った。睨みつける視線に気づくと、わざとらしく掌を振ってみせる。「怖い顔すんなよ。それとも何か、前菜代わりに俺をかじろうってか?」 失…
「こんなことをしてただで済むと思っているのか?」 四肢を縛られた不自由な姿で、イゴール・ザトヴォルスキーは必死に身をよじっていた。デスクライトの光が顔面に向けられ、目をまともに開けていられない。「お前がどこの誰だろうと、この礼は必ずするぞ………
この部屋にいると、重々しい柱時計の音がまるで祖父の鼓動のようだ、と彼女は思う。とうの昔にこの世を去った祖父の心臓の鼓動に。では私は、今もまだ祖父の胎内にいるということになるのだろうか。 指先で艶やかな黒檀のデスクを軽く撫でる。これだけではな…
地主が夜逃げして土地ごと放棄された貸しコンテナが数十平方メートルに渡って居並ぶ湾岸エリア。雨ざらしのコンテナ群から住民たちの生活臭が否応なしに漂う。コンテナ間のロープに渡された生乾きの洗濯物、羽毛をむしられた鶏を煮込む土鍋、キムチと豆板醤…
埃にぶ厚く覆われて停止したエスカレーターを、パンプスの規則正しい靴音がゆっくりと登っていく。周囲を照らす光は割れた天井から差し込む光と、足元を照らす懐中電灯のみ。 かつて大勢の利用客で賑わっていたはずの華やかなショッピングモールは暗闇に閉ざ…
趙安国は今日の取引に満足していた。製造番号を削り落した業務用大型3Dプリンタと引き替えに入手した大量の軍用爆薬。何よりも素晴らしいのは、それで吹き飛ばされるのが同胞でない限り――いや、同胞であろうと趙の懐が一切痛むことはない、ということだ。…